現代道徳危機に対処する道徳教育の必要性と

そのあり方に関する研究

発表者:劉 麗

指導教員:押谷由夫先生

1.     問題の所在と目的

(1)             問題の所在

 今、科学技術がすでに非常に高いレベルに達し、特に日本にいるとそれを実感する。そして余裕のある国々はこれから宇宙の開発にまで手を伸ばすのであろう。人間の知恵がどれほど高いものであろうか。しかし、物質的な文明がかなり高水準に達した一方、精神的な文明が崩れつつあるように感じられる。つまり、道徳観の欠如がますます目立ってきたということだ。例えば、自分の欲にくらんで他の人を害すること、自国の利益で他の国へ侵略することなど。そして、競争社会に応じて学力の向上がよく重視されているが、道徳教育への注目がだんだん消えていきそうにみえる。豊かな環境に生きていて、幸せになれるはずなのに、なかなか幸せに感じられない。

 

(2)             研究目的

 正確な道徳観、価値観をもっていなければ、幸せな人生を送ることが難しいかもしれない。それで、日中両国の子供及び人々にもっと幸せな道を歩むため、これから日本と中国の道徳教育の指導要領を深く研究し、相違点についての分析を通して、より良い道徳教育のやり方を研究していきたいと思っている。具体的には次のことを考えている。

@       新聞記事などにより、今の社会に存在する問題をまとめ、道徳観との関係を整理すること。

A       中国及び日本における伝統的な道徳教育の基本的考え方について中国の古典、江戸時代の文献などをもとに明らかにする。

B       今日の教育改革において中国及び日本は道徳教育についてどのように考え、その充実に向けてどのような方針や方法を提案しているのかを、それぞれの国の教育行政機関から出される道徳教育政策などから明らかにする。

C       小学校、中学校における道徳教育の実際について中国と日本の比較を行い、その効果について検証する。また、自分たちが受けてきた道徳教育について及び自分がこれから大切したい道徳教育についてアンケートをして、どのような道徳教育が求められるのかを明らかにする。

 

2.     章の構成

第一章: 今の社会に存在する様々な問題のうち、道徳観の欠如により発生したと思われる事例を並べ挙げる。どのような道徳観があればそのような事件を発生させないで済んだであろうと考えることができるか。

第二章: 以上の事例に基づく道徳危機への対策を考える。あわせて、21世紀における新たな道徳教育の方針を探る。

第三章: 日本と中国それぞれの教育機関から出している指導要領を分析し、良い点、不十分な点を見つけること。そして、アンケートを行いたいと思う。

第四章: 道徳教育を充実させるためには、特に、家庭道徳教育と学校道徳教育を充実させる必要がある。そのお互いの関連性、協力性の大切さ及びその連携の仕方について明らかにしようと思う。

第五章: 研究のまとめ

3.     研究内容

第一部       日中の青少年教育の今日的課題

 

T 中国社会における青少年たちの現状について

 中国では改革開放以来、実施されている「一人っ子」政策がまだ続いている。この政策をよく考えてみると、マイナス面とプラス面があるようだ。プラス面から言えば、中国の過剰な人口を配慮したのみならず、地球温暖化にも貢献しているといってもよいのではないか。マイナス面だといえば、子供は親からの溺愛を受ける最中、つい「一人っ子癖」を身につけてしまうということだ。その具体的に表現すると以下の通りである。

@       早めにラブストーリーに接すること

(天真爛漫な童話物語の代わりにラブストーリーを見る傾向がみえる)

A       早めにインターネットに接すること

(外での遊びの代わりに、家にこもってパソコンばかりをやること)

B       拝金主義をもつようになって、また犯罪率が上昇しているようにみえる

(お金に対して、正しい価値観をもたずに、過剰な欲望の穴に落ちる傾向がある)

C       心が脆くて、極端なことをしやすい

(日本と同じようになって、自殺事件がどんどん多く出てきたこと)

D       一人っ子癖 自己主義

(他人への思いやりが欠けて、何より自分を先に考える傾向がある)

E       生き甲斐のある人生に憧れていない、自分の将来を考えずに親に頼る感情が強い

(「老族」の誕生)つまり、学生時代に離れても仕事をせず、自分の親に頼って生活をする若者のことである。

F       親及び先輩に敬愛する感情が薄くて、自己愛が強い

(アメリカ文化に影響され、自由主義、民主主義がもたらした悪果)

 

U 現代中国の公民に対する道徳教育

 200179日に中国中央テレビ放送局10チャネル(CCTV-10)によって「百家講座」という番組を放送し始めた。この番組の趣旨といえば、時代の常識を築き、知恵に満ちた人生を味わうということである。内容は国民がもっとも関心をもっている話題を選び、学問の新たな道を拓くことを追究し、個性的な思想を励まし、コミュニティとの交流を重視することがある。この番組は幅広い素材を選び、歴史、文化、生物、医学、経済などが含まれている。その中に道徳教育に関する講座が多くある。例えば、「三字経」、「孔子」、「荘子」などがある。講師は殆ど中国における有名な大学の先生である。講師たちは生き生きとした言葉を使い、ユーモアな表現方法で「百家講座」を通して、中国の古文化を公民によく分かるように語っている。

 

V 日中両国の新聞記事から見た社会の実態

 

一.新聞調査の目的

道徳観に及ぼした社会現象を調べてみたいので、インターネットを利用して日本と中国の新聞記事を調査してみた。キーワードを入力する時、「青少年 犯罪」、「殺人事件」、「親子 殺人事件」などを打ってみれば、大量な新聞記事が出てきた。特に中国では、近年青少年犯罪に関する記事が増えつつあるようにみえる。中国のBai DuインターネットとYahooインターネットで「青少年犯罪」を入力して検索してみると、その結果はそれぞれ2,760,000件と4,050,870件が出てきた。日本のYahooインターネットとGoogleインターネットで「青少年犯罪」という言葉で検索してみれば、その結果それぞれ17,200,000件と2,210,000件が出てきた。

 

二.1940年〜2006年の統計から見た少年による殺人件数の実態(日本)      

  この図からみると、昭和26年の頃未成年の犯罪者人数が一番多く見える。その原因を二つに分けて説明しようと思う。一つは、昭和26年といえばちょうど終戦の混乱期で親を亡くした子供や生活が困難な状況におかれた子供たちが増えていた。そして、戦争に参加した軍人が帰国して、日本国内の人口が一瞬急増してきて、物が足りない状況に入った。それで、当時の社会はとても混乱し、家庭教育、学校教育も不十分で、親の話を聞かず、学校へ行かず町にあふれる子が多かったわけだ。なお、1960年以降に急激に件数が減少したのは、経済発展に関係があると考えられる。昭和40年以降、19641010日東京オリンピックが開催され、1970314日に日本万国博覧会が開催されたことを契機として、経済発展がかなり進んできたわけだ。こうして、社会が一定的に安定することができて、未成年の犯罪率が減ってきたのではないか。

 

三.日本における青少年犯罪の具体事例

 日本における青少年犯罪の具体事例を、特に話題になったものを中心に挙げてみたい。

1.少年による殺人事故 親殺し事件

昭和20(1945).4.1717(1516)が一家5人を惨殺〕
昭和40(1965).2.53歳が嫉妬して弟殺害〕
昭和50(1975).9.3〔高1が口うるさい祖母を絞殺〕
昭和60(1985).11.11〔高1が父親を絞殺〕

2.少年による殺人事故  いじめ事件
昭和8(1933).4.19〔小1(67)がからかわれてナイフで殺人未遂〕
昭和6(1931).5.12〔小2(78)がいじめ殺人〕

昭和24(1949).3.5〔小6女子(1213)が裸リンチ〕
昭和30(1955).5.617歳が幼女を誘拐レイプ殺人 三枝子ちゃん殺し〕
昭和33(1958).12.23〔中22人がいじめ仕返しのため教室で刺殺〕
昭和52(1977).3.18〔中2がいじめ復讐放火〕
昭和53(1978).2.12〔中32人がいじめ復讐殺人〕
昭和54(1979).1.22〔いじめの復讐放火〕

3.少年による学校中の暴力事件
昭和2(1927).4.27〔中4らが校長に反対して大暴れ〕
昭和11(1936).3.23〔小学校高等科2年生(1314)8人が卒業式で担任教師を袋叩き〕
昭和31(1956).9.23〔高校で三度の大暴動〕
昭和33(1958).1.24〔中学生の暴力教室" 読売新聞引用〕
昭和36(1961).2.619歳右翼が教師脅す〕
昭和58(1983).3.1〔中32人が女教師を保健室に監禁し強制猥褻〕

4.少年による家庭内暴力事件

昭和57(1982).4.27〔高1がひきこもりと家庭内暴力のはてに父親刺殺〕
昭和55(1980).12.〔中3が家庭内暴力のすえに放火〕
平成2(1990).8.2519歳浪人生が両親殺害〕

昭和51(1976).8.23〔高1が親友を刺殺〕

 

 

四.中国における青少年犯罪の具体事例

 中国における比較的最近の青少年犯罪について具体事例を挙げてみる。

1.家を出ることは犯罪の始まり

・時期不明 16歳の子(朱さん)親と喧嘩して家を出て、お金がないので他の学生のお金を奪ってしまい、犯罪の道を歩んでしまった。

14歳の子(龍さん)お祖母さんに過剰な愛を受けたまま生きてきたが、14歳になってから親と一緒に過ごすことになった。しかし、親の厳しさに耐えられずに家を出た。そしてお金がなくてクラスメートの10歳の弟を誘拐し、殺した後、その子の親に1000元(15000円)を要求した。結局、600元で商談成功したが、そのお金を取ってからすぐマックへ行って多く食べた後、警察に逮捕された。

2.不登校は犯罪の道を歩むことを導く

16歳の子(成さん)は勉強に関心を持っていなくて、いつも友達とインターネットカフェとゲームセンターへ行ったりする。結局、不登校になってしまった。遊びに使うお金がないので町中に歩いているお洒落な人に強盗行為を行ってしまった。

16歳の子(興さん)はパソコンゲームにはまって、毎日学校へ行くことを言いながら、学校のドアを入らず、インターネットカフェのドアに入る。お金が足りないので、いつも塾の料金、学校の教材を買うというような嘘の話で親にお金を出してもらう。そして最後お金が足りないとき、中学生の女の子の20元(300円くらい)を強盗して、逮捕された。

3.お酒を飲むことは未成年犯罪を導く

・職業高等学校(専門高等学校)の生徒三人が居酒屋で飲み終わった時、もう11時になってバスがなくなった。

タクシーに乗るお金もないが、アルコールの力を借りてある子は「じゃあ、お金を出さず、タクシーを呼んだらいいじゃん」と提言した。結局、タクシーを静かな所で止めて、運転手が400元(6000円)を取られた。その後、彼らは当地の警察官に捕まえられた。

・2007年2月22日、16歳の子(張さん)は友達10人くらい一緒にお酒を飲んでいるところ、隣の村の劉さんに小学校の頃虐められたことを思い出した。すると、張さんは友達を連れて劉さんの家へ行って、劉さん及び家族を殴ってしまった。その後刑務所に送られた。

4.     悪仲間を作って歪んでいる道を歩む可能性が高い

・15歳の子(魏さん)の親がいつも忙しくて、魏さんはいつも寂しい日々を送っている。ところがある日王さんと知り合って、二人がいつも一緒にゲームセンター行ったり、食事をしたりする。ある日、王さんは一人の男の子を指しながら、「あいつは君を知らないから、私のかわりにあいつを片付けろう」と魏さんに言った。魏さんはすぐあの人を殴って、重傷になった。

5.     兄の感情のような友情が子供にもたらした悪い影響

・16歳の子(李さん)は成績がずっとトップで、班長もやっていた。周りからのほめ言葉の中に沈んでしまい、自負の感情をもつようになった。そして、町中にあふれる不良な少年と付き合い始め、タバコを吸ったり、お酒を飲んだりするようになった。成績もどんどん下がってしまい、親が魏さんを都心の医学院に送って勉強させた。その後は成績がまたクラスのトップになってきた。しかし、ある日、一年ぶり会わなかった「鉄兄弟」(陳さん)に会って、陳さんの恋人に関する悩みを聞かせた。そして陳さんは「私の彼女を片付けてくれる?」と李さんに頼んだ。翌日陳さんの彼女を殺した。

 

五.日中記事の現状から見えてくること

以上の挙げられた事件をまとめて、日本の未成年犯罪は様々な特徴があり、その特徴について述べようと思う。

@復讐の気持ちが強い傾向がみえる。

記事を読んでいる最中、「復讐」という言葉がよく目にするように感じられた。復讐心をもつことは実際道徳観の欠如に関係があるといっても良いではないか。そしてお互いに復讐し続けていけば悪循環になってしまって、いつか犯罪の道を歩むことに決まっているように考えられる。

A自尊心が傷つけられるため、犯罪をしてしまうケースが多いと考えられる。

犯罪を無くすには人の自尊心、自尊感情を大切にしなければならないと考えられる。青少年犯罪に関する新聞記事を多く読んできて、自尊心が傷つけられると、心が歪んでしまう可能性が高いかもしれない。

B性格が内向過ぎる子供は心が歪んでしまう可能性が高くみえる。

新聞記事を通して、内向過ぎる性格をもつ子供は過激な行為をしやすい傾向があるように思う。つまり、内向過ぎる性格のせいで、積極的に他人とコミュニケーションをとる気持ちがしないので、自分の世界に閉じて生きている。

C自分に愛情が持っていない及び親から愛情をもらっていないことが犯罪の道を歩むもっとも大きな原因ではないか。

中国の親は子供への過剰な保護、関心、愛情と違って、日本の場合は子供への不関心が少なくないようにみえる。不関心というより、不関与といっても良いかもしれない。

新聞調査によって、親殺し、親は子供を殺すに関する新聞記事が少なくない。これは単なる親子関係が悪いということだけではなく、道徳観をしっかり身に着けていなかったせいかもしれない。

 

第2部 21世紀における新たな道徳教育の創造に向けて

T 日本と中国の道徳教育の現状

           -――日中の教育指導要領の比較を中心として

日本の道徳教育は教科として行うことではなく、「道徳の時間」を特設されている。小学校一年から中学校三年までにかけて行われているそうだ。中国における道徳教育は教科としてあり、一般科目となっている。小学校から中学校三年まで道徳の授業が設置されているが、その内容からいえば、小学校一年から六年までしか道徳らしい内容が入っていないように感じられる。なぜならば、中学校に入ってから、「思想品徳」という授業になって、殆ど政治問題に関する内容となっているわけだ。なので、私は「道徳の内容」と「政治問題にかかわる内容」をはっきり分けたほうが良いと思っている。道徳≠政治なので、道徳は自分に属する特色のある内容をもっているので、混ぜてしまえば道徳がいつか政治手段になってしまうおそれがある。日本は昔こういう悪果をもたらされたことがあり、道徳観をもつことと天皇陛下への信仰は一体化となって、結局他国へ侵略をしていくことになり、国際的な戦争になったわけだ。それで、道徳教育はただ身を修め、人格を磨くことを目的として行ったほうが良いと考える。

一方、韓国における道徳教育は小学校から高等学校にかけて行われているそうだ。「道徳」という言葉を聴くと、中国の昔の哲学を思い出しやすいかもしれない。老子の「道徳経」、「三字経」、孔子の儒教思想が全世界に大きな影響を与えていたといっても過言ではない。しかし残念ながら、その影響力が中国では一時的に中断されてしまったことがあるので、多くの人々は中国の古代の精神文化を味わうことができなかった。特に文化大革命の間に生まれ、生きてきた人々は学校で「道徳教育」を受けなかったようだ。そういう人たちにどうやって道徳教育を行うのか、今度の課題にしようと思う。

 

U 学校道徳教育のあり方について

           ―――アンケート調査をもとに明らかにする

A)        調査目的

21世紀において、どんな道徳教育が求められているのか。どんな道徳教育を行ったら皆幸せになれるのか、などの問題を明らかにしようと思う。

B)        調査対象 中国の小中高校生、また在籍する大学生

C)       調査期間 2011/3/33/31

D)       仮説

E)        調査結果

F)        まとめ

 

V 家庭道徳教育のあり方について

 

W 美的教育+道徳教育

道徳教育の中に美的教育を加入して、もっと良い効果を達することができるように考えている。ここで言っている美的教育とは、ただ美術面のみならず、体育面、あるいは個人の生活を充実することができる趣味も含まれるものだ。言い換えてみれば、美的教育の最終目的は子供に人生を豊かにする趣味をもたせるということだ。

大学時代に一人の考古学の先生と巡り会ったが、彼の趣味は骨董をコレクションすることだ。「芸術を愛する人は絶対悪いことをしない」というような言葉をおっしゃってくださった。確かにそうだと思う。なぜならば、理由が二つある。一つは、美的なものは人の心を癒し、潤うことができるといえるでしょう。例えば、茶道、書道や華道をやるとき、穏やかで清らかな心でやらなければ、美味しいお茶、綺麗な字、美しいお花ができないのではないか。そんな趣味を通して、心を磨き、清らかな魂を修得することができるように思う。もう一つの理由は、人の頭の細胞の量が限られていて、精神力も同じように、使いきれないものではない。もし注意力を趣味に集中していれば悪いことをやる精神力がないはずのように感じられる。アメリカでは、バスケットボールという体育運動を広げてから、青少年の犯罪率が減少しつつあるそうだ。特にマイケル・ジョーダンという神話の中の人物のような人が出現してから、多くの青少年がバスケットボールに憧れ、やり始めた。人間は最低限でも一つくらいの趣味をもたなければならないように考えている。

 

参考文献

1.         押谷由夫「道徳教育の新時代」 (1994.12 国土社)

2.         押谷 由夫 「個が生きる総合単元的な道徳授業の発展」 (1996.9明治図書出版株式会社)

3.         押谷 由夫 「総合単元的道徳学習論の提唱」 (1995.8 文渓堂図書販売部)

4.         中国の古典「三字経」など 

5.         「生き方」稲盛 和夫 (2004.8 サンマーク出版)

6.         日本の道徳副読本、「心のノート」など

7.         日中両国の指導要領 

8.         「時代の使命」朱旭 施克 方曾泉 (2008.3 北京師範大学出版)

 

 

 

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