すべての子どもがいきいきと活動できる学級経営のあり方に関する研究 発表者:酒井眞理子 指導教員:押谷由夫先生
1 研究の目的 学校現場では、様々な対応に追われている現状がある。子どもの実態が変わり、保護者が変わり、教師の仕事内容も変わってきている。加えて、指導要領が改訂されることが示された。時間数も増え、学習内容も変わってきている。さらに、平成19年度からは特別支援教育が実施されている。 こうした学校現場の実態を踏まえて、すべての子どもがいきいきと活動できる学級経営のあり方について研究してみようと計画した。
2 全体構想 第1章 学級経営における基本的な姿勢 第2章 望ましい学級経営のあり方 第3章 ユニバーサルデザインを意識した授業展開 第4章 臨床例 第5章 参与観察 第6章 振り返りカードを使った実践 第7章 校内体制 第8章 学級経営案
3 研究の内容 第三章 ユニバーサルデザインを意識した授業展開 ユニバーサルデザインとは、文化・言語・国籍の違い、老若男女といった差異、障害・能力の如何を問わずに利用することができる施設・製品・情報の設計(デザイン)をいう。ノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス(1985)が提唱した概念で、「できるだけ多くの人が利用可能であるようなデザインにする」がコンセプトである。「バリアフリー」に対して、ユニバーサルデザインはすべての人を対象にしている。 元は特別支援教育の視点であったが、平成19年度から特別支援教育がスタートしたので、通常学級でもその視点が見直されてきたのである。 すべての子どもに分かりやすく、しかも、どの子にも意欲や達成感をもたせるためにはユニバーサルデザインを意識した授業展開が必要不可欠である。
1 授業が目指すもの (1)新潟県柏崎市立日吉小学校の実践 ○なぜ、ユニバーサルデザインを大切にするのか 学校のゴールデンアワーは、それぞれの授業である。しかも、授業の成否は学校の生命線である。授業はどの子にとっても安心して学ぶことができ、その結果「わかる、できる」が実感できるものでありたい。この実現を目指すためにグランドデザインを作成したのである。それは、一人ひとりの教育的ニーズにしっかり着目し、最適な指導、支援を具体化することである。また、その子にとって分かりやすい支援は、他の子にとっても必要な支援であることを見極め、支援のユニバーサルデザイン化を図ることでもある。 <グランドデザイン>
このグランドデザインは、校長が学校経営方針として立てたものである。 教室での学習づくりには、子どもが健康でかかわり合う体力づくり、特別活動や休み時間を通しての仲間づくり、人権教育を基底に置く認め合い、励まし合う子ども同士の関係づくりは大きな影響を与える。そして、この教育活動の成果は、それぞれの子どもの育ちとして現われてくる。それは、目の前の子どもを丁寧に見ていくパーソナル・アプローチを大切にすることである。学校生活での子どもの育ちは、友達とのかかわりの中で見えてくるし、集団の中で見せてくるのである。そのためにも、一人一人の集合体である全体や集団への着目として、ユニバーサル・アプローチも同時に大切にすることである。この両面を授業でも留意していくことが重要である。
○「○年○組のユニバーサルデザイン」 ユニバーサルデザイン化を学級の子どもたちを前にどう実践し、具体化していくかは、協働性で強化し合う学級担任の指導力に委ねられる。年度末に「○年○組のユニバーサルデザイン」として整理し、次年度の実践に活かし合えるようにする。 授業の土台を形作るのは、教師の話し方、安心感を与える表情、読みやすく、学習の流れが構造的に表れる板書などである。授業論はなかなか難しい。45分の中に学習活動の構成をどんなふうに工夫すると、興味が持続し、発展して学びやすくなるかなど、研究的な要素がふんだんにあるように思われる。また、特別支援教育の側からでなく、教科の専門性と協働することで見えてくるものである。
○実践してみて気付いたこと 次は、実際に実践してみて気付いたことである。 ・特別なニーズを必要とする子にかかりきりになるのではなく、周囲の子どもの感受性や自立を伸ばしてやること。 ・その子だけを見るのではなく、周りとの関係の中で育てていく。そういう学級経営ができるかどうかだ。 ・お互いのクラスのユニバーサルデザインを見つけ合った。 ・教師にとっても分かりやすいやり方ということが、子どもにとってももっと分かりやすかったということかもしれない。 日吉小学校での実践は、どの子もいきいきと活動するためには、ユニバーサルデザインが授業では勿論欠かせないし、学級経営の場面でも非常に重要だと気付いている。
(2)小平市立鈴木小学校における実践 ○3つの手立てを軸に 鈴木小学校では、『特別支援教育は、特別な児童のためだけにあるのではなく、すべての児童一人一人のよさを認め、より伸ばしていく教育といえる。』と捉え、通常の学級におけるどの児童にも分かりやすいといわれるユニバーサルデザインの授業を目指して授業改善に取り組んだのである。 まず、実態把握表を用いて児童を客観的に見取り、児童のやりにくさをとらえ、支援ニーズや支援方法を明らかにしていく。児童には、右脳・左脳の使い方から、視覚的に学ぶことが得意な児童、聴覚的に学ぶことが得意な児童、運動的に学ぶことが得意な児童がいると考え、児童の学習スタイルにあった3つの手だてを中心に、指導案を作成し、授業に取り組んだ。その後、授業者支援会議によって授業改善点を共有していく。そして、会議で出てきた課題は、次の分科会へ受け継ぎ、さらなる授業改善へとつなげていくというやり方である。 <教師は> 実態把握表(児童を客観的に見取る)⇒支援ニーズ・支援方法 (児童のやりにくさをとらえる) <児童には> 右脳・左脳の使い方 3つの手だて ・視覚的手だて⇒「対話モデルを見る」「板書を読む」など視覚による理解を促す支援 ・聴覚的手だて⇒「言葉で説明する」「話し方を変える」など聴覚による理解を促す支援」 ・運動感覚的手だて⇒「付箋を活用する」「モデルを見てまねる」など体を動かして理解できるようにする支援
○授業支援会議の充実
○分かりやすく、意欲的に取り組める学習指導の工夫 学習指導では、次のような具体的な工夫を行っている。 ・ワークシートの工夫(板書と同じ形式、授業の流れと同じ形式を用いる) ・グループ活動、話し合いの形態(認知特性、人間関係、能力、人数などを考慮したグループ編成) ・活動のパターン化(話型、マニュアルによって安心して取り組める、見通しをもちやすくする) ・板書の工夫(活動の見通しをもたせる板書、色分けによって確認しやすくする) ・児童の苦手感を減らす工夫(ヒントカードの用意、個別の言葉かけ、選べるワークシート) ・児童が意欲的に取り組めるテーマ設定(日常生活にかかわる課題、身近な課題、魅力的な課題) このような具体的な工夫は、学習活動をそれぞれの子どもがどう受け止めるか、どうしたら理解が深まるか、どのようなグループ編成だったら話し合いが成立するかなど、授業を進める教師だったら誰でも考えることである。しかし、そのことに視点を当て、このような工夫を明らかにすることは重要である。
○授業改善を通して 授業改善につながったことを次のように言っている。それは、ユニバーサルデザインの授業を意識し、取り組んでいくことで児童の客観的な見取りや一人一人に合った手立てを意識して授業構成を考えるようになったという。研究授業への意識も大きく変わってきて、支援プランを出すことで授業者は自分に対する課題が明確になり、参加者は授業の視点がはっきりしたと言っている。視点がはっきりしたことで、授業者支援会議での協議も深まった。また、支援プランの提案やプラン選択後の報告を取り入れることによって、プランの共通理解や成果と課題がはっきりし、授業者ばかりでなく参加者全員の授業改善へとつながった。
(3)授業のユニバーサルデザイン研究会の実践 ○「わかる・できる」国語授業づくり 誰もがよくわかる国語授業にするには、どんな要件が必要なのか。「三つの要件」が授業デザインには不可欠であると桂(筑波大学付属小)は言っている。その三つは、 ◆授業を焦点化(シンプル)にする ◆授業を視覚化(ビジュアル)にする ◆授業を共有化(シェア)する である。通常学級の国語授業を、本当に全員がわかる授業にするためには、特別支援教育の考え方を活かして、授業づくりを見直すことがねらいなのである。
○レベルとつまずき 「話し方・聞き方」「書き方」「読み方」が分かるには、いくつかのレベルが想定できる。そのレベルに応じて支援することが大切である。 ・「レベル0」:文字が読める。 意味は分からないけど、文字を音声化できるだけのレベル。支援には、漢字にはふりがなを振る、教師が読んで子どもが復唱するなどもある。 ・「レベル1」:文の意味が分かる。 様子がイメージできるレベルである。支援には、言葉、図や写真で説明したり、比喩表現を想像したりするなどが考えられる。 ・「レベル2」:人物の心情が分かる。 人物の心情が表れている風景が分かるというレベル。支援には、自分で他の情景描写を探してみることを勧めてみる。 ・「レベル3」:複数の表現のつながりを考えながら読む。 複数の情景描写のつながりを考えながら読むことで、登場人物の心情の変化が読み取れるのである。
○国語授業におけるユニバーサルデザインと は 学校教育の独自性は、様々なレベルの子どもが、一つの教室で学び合うことにある。Aさんが理解できなかったら、BさんがAさんに理解できるように説明すればいい。それによってBさんの学び直しや本質的な理解を促すことができる。 また、教師は、理解することに苦戦しているAさんへの個別指導ではなく、そのAさんが理解できるように国語授業そのものを工夫することが大切である。そのことがBさんの本質的な理解を促すし、もしかしたら同じような箇所でつまずいているCさんやDさんのためにもなる。Aさんが理解できるように丁寧に行った授業が、結果的にクラス全員が、より「わかる・できる」国語授業になるのである。
○授業展開 ■「どうぶつのあかちゃん」(光村図書1年下) 桂(筑波大学付属小)は、次のような授業展開をしている。
○授業をしてみて 授業後、次のような振り返りを行っている。 ・叙述に関連づけて動作化した。 ・ 気になる子どものそばへ行ってささやいた。 ・教科の授業として分かりやすさをつきつめると同時に、授業のルールづくりがユニバーサルデザインの授業では大切である。 ・「授業がつまらなくなったら何かのサインを出す」と先生との特別なサインを決めておく。 ・一人一人の分からないことやできないことを取り上げ、全員で解決するのが授業だと考えている。 ・1年生の子どもにも、教師の指導の意図が分かるように説明することは大切である。 ・授業のスタートでは全員がそろっているのであるが、授業の途中でこぼれていく子が出てくる。そこで、拾えていないから最後にもう1回拾うという授業の現状である。 このような振り返りを行っているが、子どもの側に立った授業展開を行っている。教科の専門性を追究していくと理論が先立ち、子ども側に立った授業展開になってこないのが現実である。しかし、この振り返りには、子どもの側に立っていることと同時に、学級経営にも言及している。それは、「授業のルールづくりがユニバーサルデザインの授業では大切である」と言っている。ユニバーサルデザインの授業展開を意識すると、必然的に学級経営についても考えることになるのである。
○カウンセリングマインドを授業に生かす カウンセリングマインドの解釈は、受容と共感である。それを学級経営にも授業にも生かすことだと廣瀬(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所)は言っている。平成19年度から特別支援教育がスタートし、校内委員会が設置され、特別支援コーディネーターが指名された。学級の中に様々な特性をもった子どもがいるのは当然であるが、その子どもも含めてわかる授業をつくっていく必要がある。 学級経営や授業においてこそ、特別な支援が必要な子どもに対して示す必要があると思われる。 授業におけるカウンセリングマインドとは、AさんやBさんの実態を考慮して教育的配慮や支援をいかに用意するのか、実際の授業場面では、AさんやBさんにどのような対応が受容と共感の姿勢につながるのか、それらを日々の授業を通して考えていくことである。 それは、当然、教科教育においても重要な要素となる。
(4)セルフカウンセリングを活用した「ごんぎつね」の読解 ○ワークシートに「心のセリフ」を活用
4年生の「ごんぎつね」(光村図書4年下)の読解である。ワークシートは、「課題をつかもう」から始まり、「場面を読み深めよう」に移っていく。 物語の読解を登場人物の気持ちから迫るのではなく、私はどう思ったのか(心のセリフ)を問うと、なぜそう思ったのかを必然的に叙述に即して考えるようになる。また、物語としてではなく、当事者意識をもって読み進めることができた。例えば、両親が共働きでいつも一人でいる子どもは、ごんの一人ぼっちの気持ちがよく分かり、こんな気持ちではなかったのかと「心のセリフ」に書いていた。一人一人の「心のセリフ」を発表し合うと、もしかしてこうだったのかもしれないとか、ああいう気持ちになっていたのかもしれないと、読みが深まって行く。 実際に、授業を参観させてもらったが、子どもたちは言いたくて言いたくてまたらないほどで授業を終わらせるのが大変だった。大熊(東京学芸大学附属世田谷小)は、「心のセリフ」をワークシートに活用したら子どもたちの様子は激変したと言っていた。
2 子どもが主体 当然のことながら学校は子どもが主体である。学習するのは子ども自身である。教師でもなければ、保護者でもない。 しかしながら現場ではなかなかこうはいかないのが現実である。子ども自身が苦手感があったり、得意でないという意識があったりしても、学級での友達はそうは見ないで、「下手!」と友達が言ってしまう。そうすると落ち込んでしまうということが日常茶飯事である。 学習者は子ども自身であるということは、子ども自身も保護者も、当然教師も分かっているのである。では、どうしてこういう事態になってしまうのであろうか。 第一は、子ども自身が自己を理解できていないことである。特に低学年では、自分のことを理解する途上にある。当然の発達の段階であるが、自分の思うままに行動するのが子どもである。子どもたちがみんな座って教師の話を聞いているのに、一人だけ立ち歩いて自分の思っていることを口走ってしまう場面が見られる。また、座って聞いてはいるが、教師が話し出すと自分の思いをつぶやくために、教師の言葉が学級の子どもたちに聞こえなくなることもある。教師の声が聞こえなくなるから、もう一度同じことを繰り返すことになる。黙って聞く体制がまだ出来ていないのである。 発達の段階を追ってだんだんに自分理解が進んでいくが、学級には様々な子どもたちがいるし、それぞれ育ち方は違うのである。 第二は、周りの子どもの実態である。学級には様々な子どもがいるのは当然であるが、集団で学習する時にはそれなりのルールが必要になってくる。そのルールは教師がこうするようにと決めることもあるだろうが、そうではない暗黙のルールも存在する。この暗黙のルールは、集団で学習する時に互いに相手を思いやる気持ちから生まれるのではないだろうか。 「Aさんには、こう言うと分からないなあ、ああ言うと癇に障って怒り出すなあ。そうだ、○○と言えばすぐに分かって取りかかるだろう。」というふうに考えて隣に座っている子どもがサポートすると、Aさんも気持ちよく学習が進むであろう。ペア、グループ、学級全体にこの考え方が広がってくれば学級に流れている空気は居心地がよくなる。このように学級の友達の状態を考えて、よりよいかかわりが生まれてくるのではないだろうか。 第三は、教師の理解が十分でない場合である。子どもは一人一人発達の段階も違うし、それぞれ得意なことも苦手なことも違って当然である。しかし、学級の子どもの数が多い、それぞれの子どもの実態を把握するのに手が回らない、子どもに寄り添っていると学習内容が計画通り進まないなど様々な要因があり、子どもの実態に即していない場面も出てくる。そうならないように教師は努力しているが、なかなか現実はうまく回っていない。 第四に、保護者は自分の子どもという意識で見ているので、集団として見られない現実がある。保護者は、よく「家ではそういうことはありません。」と言うが、家庭では見られないのが当然である。集団で学習しているからこそ見られるからである。あくまでも子ども主体であるから、子どもが苦手意識をもったり、苦しんでいたりしたらサポートが必要になってくる。ところが保護者はそうは思わない。あれこれ原因を考えて、このやり方がよくないからだ、友達がよくないからだ、教師の教え方がよくないからだ、学級の雰囲気がよくないからだといろいろとよくないところを挙げてくる。そうなってくると悪循環で、肝心の子どもとどこかへいってしまうのである。
3 学び合い 学級には、たくさんに子どもたちがいるし、たくさんの育ちが違う子どもたちがいる。その子どもたちが一緒に学ぶからいいのである。40人いれば40通りの発想がある。それぞれが違う発想をもち、それぞれが違うプロセスで解決に向かっていくから学び合いが生まれるのである。 学び合いは、授業における高まり合いであり、深まり合いである。違う考えがあるからこそどう違うのか、どこが同じなのかを考えることができる。その確かめ方は発達の段階によって違ってくる。お隣同士のペアで話をしたり、グループで話し合ったり、学級全体で話し合ったりする。その話し合いの内容からも、次々に新しい考え方が出てくる。「それもそうだな」「なるほど」「その考え方は自分とは違う考え方だ」「そういう考え方には自分は賛成だ」「その考え方には反対だ」「前半は賛成だが、後半は反対だ」「似通っているが、ニュアンスが違うかな」など、様々な考え方が出てくるだろう。それが学び合いである。 この学び合いの中に、それぞれの子どもの特性が浮かび上がってくる。1時間の授業の中で学び合いの時間は異なる。それが長いか短いかではなく、質が課題である。その質とは、特性のある子どももそうでない子どもも、学級全員が参加し、達成感があるものである。一人として傍観者ではなく全員が加わることである。 そのための手立ては様々考えられる。座席、机の配置、学習形態、導入の工夫、ユニバーサルデザインを意識した授業展開、まとめ方、学級経営などが考えられる。 いずれにしても学び合いこそが学校の存在価値といえる。
4 今後の課題 教師自身の自尊感情を高めて、学級経営のあり方(しくみづくり、よりどころづくり、ねうちづくり)の具体的な方法や、それらを盛り込んだ学級経営案の形式を考えていく。
5 参考文献 1) 小平市立鈴木小学校(2010)『平成21年度研究紀要「一人一人が輝く学校を目指して」』。 2) 授業のユニバーサルデザイン研究会(2010)『全員が楽しく「わかる・できる」国語授業づくり』東洋館出版社。 3) 廣瀬由美子・桂聖・坪田耕三編著(2009)『通常の学級担任がつくる授業のユニバーサルデザイン』東洋館出版社。 4) 佐藤曉・守田暁美(2009)『子どもをつなぐ学級づくり』東洋館出版社。など
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